少しの間更新を忘れていた。遊んでいたわけではない、逆だ。
私は4月でラボに加入してから1年になるのだが、年間一本の論文publishというノルマの達成見込みが薄かったため、だいぶとボスに詰められているのである。
まあそもそも基礎研究の論文を1年で一本仕上げるということは、かなりハードルの高いことなのだが、それをPI(Principal investigator, ラボのトップ)求められている以上やらねばならぬのである。
手術から離れたところに身を置いて初めて、我々の仕事は非常にチームワークであったことに気付かされる。「医療はチームワーク」というのは学生の頃から口酸っぱく教えられてきた概念なのであるが、解ってはいても気付いてはいない、そんなまま外科医をやって来たのである。
一方で研究者(基礎研究者)というのは基本的には自分頼みなのである。実際に自分でベンチワークをするポスドクくらいの研究者は特にだ。外科医が野球選手なら、基礎研究者はテニス選手のようなものである。実験をする時は一人ですべての工程をやるし、ミスをしたら全部自分の責任。プレーヤーは自分ひとりである。その代わり、NatureやScienceなどの一流紙に掲載されれば称賛されるのは(もちろんラボ全体もだが)First authorなのである。
この違いが、結構メンタリティに影響してくる。外科医にとって手術とは、達成して当たり前のタスクである。なぜなら成功しない手術など誰も受けないし、治療として成立しないから。つまり練習して、上手くやれば高確率で成功という報酬を手に入れることが出来るのだ。
しかし研究はそうはいかない。まずもって失敗が前提である。99回の失敗の次に1回の成功がある、そういう仕事だ。これって結構メンタルに来る。「いつか成功するかもしれない」と、「また失敗するかもしれない」の狭間で孤独な格闘をすることになる。毎日毎日手術をこなして、「成功」し続けていた自分のマインドを変えるのには結構苦労した。
そう、私は非常に愚かなことに、昔は研究するより手術をするほうがしんどいし偉大な事だと信じていた。しかし今では完全に逆に感じる。数多くのサンプル、工程から成り立つ一つの実験には数えきれないほどの「重要な局面」があり、大きな集中力が必要だ。長い間集中を保つためにはフィジカルも当然重要になってくる。そして何より、ほんの少し試薬の量を間違えたりするだけで実験全てがパーになるのである。すっごくシビアでしょう。
何が言いたいかと言うと、研究者は間違いなく過小評価されているということだ。特に日本において。科学を根底から支えているにもかかわらず、社会的地位や報酬があまりにも低すぎる。国は、金儲けに走るしょうもない医者を育てることに投資するくらいなら、研究者にもっともっと投資をしてもいいと思う。
さあ、実験に戻ろうか。