メスを持たない日には

外科医の、寄り道

ゴルフについて, part1


 最初に書く記事は、吾輩が愛してやまないスポーツであるゴルフについて以外に考えられない。どのようにこのブログを進めていくべきか全く分からないが、兎に角書くことが大事と誰かが教えてくれたような、くれてないような。まあいい、千里の道も一歩から、すべての道はローマに通ずだ。よくわからんが。

 もう6月も半ばであり、ゴルファーにとっては悩ましい季節である。吾輩は今、姫路の田舎の方にある某病院の当直室にいる。論文を書き始めようと意気込んでいたが、暇な日の当直室ほど論文執筆に不向きな場所はない。何もやることがないからと言って仕事をするようではまだまだ半人前の証拠だ。しかしただ悶々と無為に過ごすのは、堕落したローマ市民のようで気が進まない。ならば同じ執筆でも、開設だけして何も動かしていなかったこのはてなブログに向き合ってみようじゃあないかと、カタカタやっているのである。

 さていきなりだが、ゴルフを本格的に始めてから2年半が経とうとしている。ゴルフ人生があと50年あることを思うとほんの駆け出しに過ぎないが、趣味としてそれだけ続ければ少しばかりの持論やウンチクが生まれてくるのは自然なことだろう。吾輩はどちらかと言えば消極的ウンチク論者であり、求められれば誰もが心行くまでのウンチクを語り尽くす気概を持ち合わせてはいても、例えばワインバーで「この年のロマネコンティはね、」とか誰も聞いていないのに語り出すようなやつは瓶詰めにして熟成してやりたいと思ってしまうのだ。そうそう、最初に打ちっぱなしに行ったのは研修医1年目の時だった(だいぶ昔なので忘れてしまった)。ゴルフが出来ることは社会人の仲間入りをした証であるような気がして、研修の必修科目の中に勝手にゴルフを付け加えたのだった。

 クラブセットは親父のお古のゼクシオをそのまま譲り受けた。ペラペラに薄いヘッドをした3番アイアンや4番アイアンが入った、如何にも昭和を感じさせるシロモノであった。

親父から譲り受けたクラブセット(写真はドライバー)

うきうきしながら仕事終わりに同期の車に乗りこんで、大阪市内の比較的大きな打ちっぱなし場へ向かった。ゴルフが出来る同期がすごく大人びて見えたし、ドライバーを振りぬく姿を見て尊敬の念すら覚えた。今思えば彼らのドライバーは思い切りスライスしていたのかもしれないが、クラブが風を切る音と高速で飛び出すボールを見ただけで畏怖の念に駆られたということだ。救急科で心臓マッサージをしたとか、外科で真皮縫合をさせてもらったとか、そんな武勇伝よりもずっとドライバーを遠くに飛ばせる方が羨ましく思えたものだった。残念ながら吾輩のファースト・スイングがどのようなものであったかは記憶にないが、初めての打ちっぱなしに行った時の感想は「こんなスポーツ二度とやるか!」であった。打球が全く前に飛ばないことに起因する、様々なネガティブな感情が込み上げてきた。これらのネガティブな感情とどう付き合い、乗り越えていくのかがゴルフの上達には欠かせないということは後になって知ることになるのだが。しかし思い返すとこの瞬間にゴルフに対するイメージが崩れ去ったのもまた事実なのである。「止まっている球をただ棒で打って、小さな穴に入れるだけの年寄りのスポーツ」から「どうやら一筋縄ではいきそうにない難しいスポーツ」に吾輩の認識は改められた。

とはいえ、再び古びたゼクシオが日の目を見るのはこの時から更に5年の月日が過ぎた時なのだがーーーーー。