メスを持たない日には

外科医の、寄り道

ゴルフ旅行

もっと早くやっておけばよかった!と思っているコトの1つに、ゴルフ旅行というのがある。当然、ゴルフをしない人にとってはそれがどんなものか分からないだろう。
まずもって、ゴルフをしに行くのか旅行をしに行くのかどっちなんだという混乱もあるだろう。ゴルフをするならいつものゴルフ場でいいじゃないか?とか旅行をしたいならもっと観光名所とか行けばいいじゃないかとか、そんな声も聞こえてきそうだ。

 でもやっぱりゴルファーにとって、いつものゴルフ場「じゃない」ところでプレーするのは楽しいものだし、温泉と美味しい夕食が待っている中でプレーするのは実に満ち足りた気持ちになるものなのである。とはいえ、やっぱりスコアは気になるし、場所を変えたからと言ってチーピンはなくならないし、急に80台が出るなんてこともないのだけれども。

 恐ろしいことに、いや喜ぶべきことに、ここ3年間の旅行のほとんどがゴルフ旅行だ。浜松、伊豆、沖縄ときて、ついこないだは草津に行ってきた。関西人にとっては草津といえば滋賀の草津のことで、新快速の終点くらいのイメージしかないのだが、日本有数の温泉地として名高い本場?の群馬県草津温泉に一度は行ってみたいと思っていた。

 実は今回の旅行は、我々の業界でも結構マイナーな学会「消化器癌発生学会」が群馬県高崎市で開催されるというのが発端で企画された。といっても、今の職場にはあまりゴルフをやる者がいないので、困ったときのT君(ゴルフ仲間、浜松在住)に声をかけたところ二つ返事で行くとのことで開催が決まったのだった。ゴルフ場のあるところ、何時間かけてでも行ってしまうのがゴルファーの性なのだ。

 さて、私の住んでいる神戸から草津までは東京で新幹線を上越新幹線に乗り継ぎ、1時間ほど行って高崎駅で下車し、そこからレンタカーで更に2時間というそれだけで半日がかりの移動だ。そのため初日は草津温泉でゆっくりして、清々しい気持ちで名門・草津カントリーへ向かうという旅程だった。

 もちろん、群馬県へは初上陸である。日本全国割と旅をしてきたつもりだが、北関東と北東北だけは足を踏み入れたことがない。群馬県の人口が意外と多いことや、名物が何かとか色々話しながら運転し、途中には少し前に話題になった八ッ場ダムちかくの道の駅で休憩をはさみつつ草津温泉入りしたのであった。

道の駅 八ッ場ふるさと館から湖にかかる橋を望む。

 このあたりは数日前にも雪が降ったというほど寒い場所で(標高1000m)、夏には避暑地となるそうだ。ちょうど山が紅葉によく染まる時頃で、自然ドライブも楽しめた。

 T君はホテル選びの名人である。彼の細やかな選球眼に任せておけば、ホテルはおろか旅行における決め事はほとんど問題ないといっていい。今回のホテルも例外ではなく、非常に心地よいステイとなった。夜は、といえばもちろんのこと温泉に入るということと日本酒を飲みながら蕎麦を食おうということで温泉街の中にある有名店を予約してくれていた。

露天風呂へと続く道。川が流れている。

三途の川へと続く、賽の河原

不思議な色の源泉。見た目とは裏腹に湯はぬるい。

風呂の写真はないが、かなり広い、ブルーラグーンのような温泉。

夜はしっかりと冷えこむ。

ビールを飲むとき、生きていると感じる。

 温泉に入った後、並ばずにはいる美味い店は最高だ。思い出すだけで笑顔になる。ゴルフ旅は、何もゴルフだけではないと思える貴重な瞬間。以外にも群馬は酒どころでもあるらしい。日本酒はストックが溜まっているので、今回は購入をガマン。

 翌朝、わざわざレンタカーもスタッドレスに変更したというのに季節外れの暖かさ。時に半そでになりながらのプレーであった。草津カントリーは標高が高いので、プラス10ヤードは飛ぶとの噂もあったが飛距離は特に変わらず。
メンテナンスは素晴らしく、フェアウェイやラフは季節もあって芝が枯れているところも目立ったがグリーンは圧巻。ディボット一つない麗しいグリーン。かの地は冬本番で次の日からしばらくはクローズということもあってか、前後の組をほとんど見かけることすらなく18ホールを終えた。
フェアウェイが広く、OBこそなかったがコース案内が少なくブラインドホールに苦戦。
T君が久々の80台を記録する中、102で終了。あまり見せ場のないゴルフであった。

 

名前は分からないが雪化粧の美しい山を望むホール。

 ゴルフはツーサムかつスループレーのためかなり早く終了した。そこからまた二時間かけて高崎駅まで戻り、少し休んでyoutubeで有名な「ホルモン島田」さんへ。
絶品の生肉や焼き肉を食し、万全の状態で翌日の学会へ。

 大学院三年間、悪戦苦闘しながら一歩ずつ形にしてきた腸内細菌の研究を初めて発表した。やはり同じテーマの研究者が集まるセッションは面白い。
まだまだだな、と思いつつも満足して帰りの新幹線に。

 まだまだ研究もゴルフも未熟すぎるが、継続は力なり。マーフィーの法則に乗っかって、信じて進もう。次のゴルフ旅行はタイの予定。その先には大きなライフイベントが待っている。

アメリカの風

ブログは更新をサボっていても誰も叱ってくれないのでついつい放ったらかしにしてしまう。いけないいけない。
観葉植物に水をやらないと枯らしてしまうのと同じで、気が付いたら訪問者数が0になっていた。

なんでいきなりアメリカかというと、来年からニューヨークの研究機関に2-3年留学することが決まった。
中学3年生の時、修学旅行で訪れたアメリカという国に度肝を抜かれ、いつかここで暮らしてみたいと憧れを抱きながら20年弱の時が流れ、やっと行くことが出来ると思うと、気分はメジャーリーグと契約した野球選手のようだ。

さて野球選手というと、最近思わぬ掘り出し物Youtubeチャンネルを見つけた。
その名も「長谷川滋利ゴルフチャンネル - YouTube」。

そう、あのマリナーズで活躍した元オリックスの長谷川投手のチャンネルだ。
色々調べていると長谷川さんは兵庫県加古川市の出身で、名門・東洋大姫路高校から立命館大学という経歴のバリバリの関西人である。
何より、加古川出身というところに親近感が沸く。

吾輩が生まれた年にプロ入りし、メジャーに行くことを夢に学生時代から英語を勉強されていたようだ。
画面越しに長谷川投手は、当時小学生の吾輩の目から見ても、イチローや松井とはまた違った、プロ野球には珍しい物腰柔らかな知的な印象の選手だった。

さて、そんな長谷川さんのゴルフチャンネルは、アメリカの美しいコース映像をバックにした派手さはないが落ち着いたナレーションが見どころだ。
また、適宜メンタルマネージメントを解説する動画を盛り込んだりと、一流アスリートのメンタリティを知ることのできる貴重な内容だ。
そして何より、何万人という登録者がいないところも大変好ましい。
やっぱりこの手のものは、ファンを増やそうとしてあれやこれややり出すと良くないんだよなあ。
Maroon5Coldplayも、人気が爆発して商業路線になってからおかしくなったし。
Songs about JaneやParachutesの頃の、オリジナルで尖ってた時代が良いんだよ。

おっと、話が逸れてしまった。

要するに、自分がアメリカに憧れを抱き続けて、ようやく渡米のチャンスを掴んだ時に偶然長谷川さんのYoutubeを見つけ、ついつい自分と重ね合わせてワクワクしてしまったという話。

アメリカの風は強く吹くだろうし、飛ばされないようにしがみ付かないといけないだろうけど、ゴルフも研究も「笑顔でプレー」したいものだ。(長谷川滋利ゴルフチャンネルより引用)

 

 

神戸お散歩@布引遊園地

先週火曜日の夕方のニュース「おかえり」のコーナーで、布引の滝を紹介するコーナーがあった。
そのコーナーによると、布引の滝やハーブ園のある一帯は明治時代には「布引遊園地」と呼ばれて神戸市民に親しまれていたという。ちなみに三宮近辺にはもう一つ「遊園地」があって、それはルミナリエで知られる東遊園地であり、こちらは当時居留していた西洋人たちの運動するための広場として作られたという。現代で遊園地というと、ジェットコースターやメリーゴーランドのあるレジャー施設のことだが、「公園」という西洋の概念がまだ浸透していなかった明治初期には今でいう公園のことを「遊園地」と呼んでいたそうな。

そんな布引遊園地は明治5年の開園というから、今から実に150年以上もさかのぼることになる。
当時はまだ戦争と言えば戊辰戦争を指し、しかも驚くべきことに廃刀令が発令されるよりも前の時代であったので、遊園地には腰に刀をぶら下げた者や、刀を捨て西洋風の出で立ちで暮らす者など、実に様々な格好をした人たちが歩いていたことだろう。
考えただけでロマンあふれる、素敵な光景である。

そんなことを考えていると、歴史散策が大好きな私は居てもたってもいられず、早速週末にいつもより少しだけ早起きをして遊園地まで歩いてみることにした。
奇しくも私の住まいは東遊園地の近所であるので、三宮の中でも特に西洋を感じる市街地から、明治維新間もなきころ日本人によって開かれた自然公園の中へゆく、趣深い午前なのであった。

新神戸駅の裏手には布引遊園地へとつながる道がある

とはいえ、猛暑の中神戸の坂をひたすら上るのは気が引けたので新神戸駅までは地下鉄で向かうことにした。
多くの神戸市民のように、私にとって新神戸駅は大学時代から身近に存在するものの、ただの新幹線駅という程度の認識だった。
恐る恐る、いつもの乗り場へ続くエスカレータを通り過ぎて外に出ると、そこには初めて目にする大きな文字で布引の滝へと続く道筋が示されていた(写真)。

架線の下をくぐって、山の斜面に建つ民家を通り抜けるとすぐに林道が始まっている。
つい10分前まで居た、三宮の喧騒など嘘のようだ。
少しひんやりとした風がそよぐ。木々が見下ろす道は、いつ落ちたのか分からない湿った枯葉が積もって柔らかくなっている。
水の音が聞こえたかと思うとすぐに、雌滝(めんたき)と呼ばれる滝に到着した。
最近では街中であまり見なくなったシロテンハナムグリを見かけ、嬉しい気分になる。

雌滝を過ぎると、ほどなく雄滝(おんたき)に出会う。
朝の10時、地元のおじいちゃんおばあちゃんや外国人の観光客がちらほら。神戸に泊まって、布引の滝を見に来るなんてきっと自然が大好きな人たちなのだろう。

雄滝(おんたき)と、手前の夫婦滝。こんな滝が新神戸にあったとは。

朝のうちに綺麗な滝と、涼しい自然に触れられて幸せな気分になり、もう少し足を延ばして見晴らし展望台まで登ってみることにした。
生き物が好きな私は、木々や地面に目を凝らしてゆっくりと歩いてゆくが、カブトムシやクワガタには出会えない。
その代わり、手すりの裏で休むウスバカミキリや、土の上をあるくオオヒラタシデムシ、大人になるにはまだかかりそうなオオカマキリの幼虫、壁を登る美しいニホントカゲなど、普段見ることのできない生き物に出会うことが出来た。

見晴らし展望台へ続く山道

固まった心が溶けてゆくのを感じながら、見晴らし展望台に到着するとそこは開けた小さな広場になっていた。
快晴の青空の下、新神戸タワーマンション、三宮のビジネス街、ポートアイランドから神戸空港に続く橋の先まで見渡すことが出来た。

木々の合間から三宮市街、ポートアイランドを抜け神戸空港を望む

見晴らし展望台からの景色も最高だったが、もう少し登ったところにある山道から振り返ると、木の間から神戸の街が見渡すことが出来る。
ここまで来ればもう涼しさはどこ吹く風、汗だくなのであるが、明治の時分に同じ場所に立って振り返った人には全く違う景色が見えたはずである。


変わらないものは青い海と空。

これから時々は、ここに来ようと心に決めた。

哀愁の兵庫 part2 「摂津タイガース」

さて明治時代に行われた廃藩置県のまえ、兵庫県は摂津・丹波・播磨・但馬・淡路の五つの旧国に分かれていた(下図)。

旧国名の配置。現・岡山県の美作・備前の一部も含む。

これを見ると、兵庫の顔である神戸市や西宮市、尼崎市は全て「摂津国」に含まれていたことになる。すなわち、大阪駅神戸駅までの阪神間の大都市は全てこの国の領域内で、加えて大阪市の大部分も摂津国であった。
このことからも、摂津国は皆さんが持つ「関西」「大阪」「神戸」のイメージ全てを凝縮した、関西の代表国と言って良いであろう。
また甲子園球場鳴尾浜球場もこの地域にあり、明治以前にプロ野球が存在したならば、阪神タイガースは「摂津タイガース」と呼ばれていたかも知れない。

その他の国に目を向けるとどれも全国的な知名度はなさそうである。
平均的関西人*1がその場所をイメージできるのは、黒豆とイノシシの国「丹波国」とイングランドの丘明石海峡大橋のある「淡路国」であり、生粋の関西人*2でもせいぜい但馬牛や城崎温泉のある「但馬国」くらいのものではなかろうか。

さて、こうなると分が悪いのが「播磨国」である。姫路市加古川市明石市を擁し、現・兵庫県における西側大都市圏を形成しながらも、大阪市や神戸市といった「摂津国」の民からはいまだに「姫路って、ヤンキー多いとこやろ?」とか「加古川って新快速止まるん?」とか「明石の人って、明石焼きばっか食べてるん?」と言われて相手にされない。
さらには当の播磨国出身者であっても、(それが女性なら特に)合コンの場では突然「神戸出身」などと恥も外聞もなく取り繕ったりするのである。
東側の播磨国ですらそういう始末であるから、姫路市よりもっと西部となると摂津国の民からすれば「多分一生行かへん」と言われたり、「新快速網干行きって、、ホンマに網干に行く人おったんや」と意図せぬ歓心を買ったりする未開の地のような扱いを受けることもある。

私は摂津国の隣国であり、播州弁と並んで「ガラの悪い方言」とされる河内弁を話す国の生まれであるが、かつては姫路のことを「ヤンキーしかおらへん」と心無い見方をしていた。
しかし、しかしだ。摂津国以外の、「神戸以外」の兵庫県の魅力を存分に知ってしまった今だからこそ、すべての大阪人・神戸人は見識を改めるべきであると私は声を大にして言いたい。
この多様性を尊ぶ現代においてこそ、この素晴き、愛すべき「辺境の旧国」に広がる素晴らしい歴史と文化に触れ、同じ関西人としての同胞意識を育む時なのだ。

 

*1:野球ファンではないが、巨人が勝つと少し嫌な気分になる関西人。

*2:阪神が負けても巨人が負ければ旨い酒が飲める。
阪神が負けて巨人が勝った次の日は仕事の効率が下がる関西人。

哀愁の兵庫 part1「神戸以外の兵庫」

兵庫は、ひろい。

どれほどに広いかといえば、私の棲む神戸市三宮から鳥取県境にある新温泉町浜坂まで車で3時間弱かかるのである。これは実に神戸から数県を跨いで、岐阜市へゆく距離に匹敵する。その距離がすっぽり一つの県に収まるのだから、如何にひろいかということが良く分かると思う。

神戸という街は「百万ドルの夜景」として有名な摩耶や、異人街の北野をはじめ、全国に名の知れた街である。しかし、兵庫県の一つの市町村に過ぎない「神戸」が独り歩きし、明石市で生まれたひとが「神戸生まれ」と自称するという、憂うべき場面に出会うこともしばしばである。
憂う、と書いたが私はべつに「神戸以外の兵庫県」出身でもなく、むしろ東大阪市という日本に誇るモノづくりの街に生まれたことを誇りに思っている。
しかし―――
これだけ広い県のなかで神戸だけが知名度を独占し、その主人である兵庫にも勝ろうというこの奇異な事態を目の当たりにするにつれ、「神戸以外の兵庫」に対する慕情が生まれてきたのである。

この「哀愁の兵庫」シリーズではそんな私の「神戸以外の兵庫」に対する思いを文章にかえて、紀行文のような形で綴っていくつもりである。

 

 

 

寄るアプローチ、曲がるドライバー

このところ2週間ほど更新が出来ず、そろそろ読者の皆様(2人)もお待ちかねと思われるので今週のPGAツアーを見ながら筆を進めたいと思う。

2週間ブログを開いていなかったからと言って、吾輩は何も寝込んでいたのではなく、淡々とゴルフ(と研究)中心の充実した初夏を過ごしていただけの話だ。
恋人とは1か月逢わなくても平気だが、1週間クラブを握らないと寂しくなる、そんな男でないとゴルフは務まらないのである。

さて、嬉しいことに週に一回のペースでラウンドが出来ており、
@西脇カントリー 46‐50の96
@西宮高原ゴルフ倶楽部 52-50の102
@京都大原パブリックコース 50-55の105
@関西クラシックゴルフ倶楽部 50-49の99
と、どれも所見のコースでAve=100.5と段々とアベレージ100切りにも近づき、
ゴルフをやっていて楽しい状態が続いている。

西脇カントリー以降、自分から見ても明らかにゴルフの内容が変化しているのが分かる。ゴルフの良いところは自分のプレーがことごとく説明可能な点だ。エラーがあればきちんと結果に反映される、そんなスポーツなのだ。

私の師匠であるT氏は浜松の病院に勤める看護師であり、ゴルフが恋人のような男なのだがラウンドの時の雑談で「練習の時は200球、アプローチだけの練習をしている。グリーン周りは絶対に負けません。」と豪語していたのだ。
私は自然科学(とゴルフ)に身を捧げる者として世の中に「絶対」などというものが存在してはいけないと固く信じているので、「ぜったいに絶対は存在しない」ということを証明するために、まずはグリーン周りで彼に打ち勝ってやろうと密かに心に決めたのである。
そのためにある計画を立てた。作戦名は「アプローチ100球計画」だ。何とも単純明快な作戦名である。もっと「ブラッドストーン作戦」とか「オペレーション・マキャベリズム」とかカッコいい名前にすればよかった。まあいい。暑いから200球は無理にせよ、1回の練習で100球はアプローチを練習しようという決心である。
そして目下のところ、この作戦は絶対的に成功を収めている。
というのも、明らかにチャックリやトップが減ったのである。ラフからの砲台グリーン攻略にしても、今まではフェースに乗るけどショートしてグリーンに乗らずという、この世で50番目くらいに悔しいショットが数回はあったのが先述のラウンドでは合計数回しかない。
ゴルフにおいて試行が錯誤する前に成功することは珍しいので、とてつもなく嬉しい成果である。

しかし、しかしだ。忘れていた。ゴルフは甘くないということを。
曲がるはずのなかったドライバーが、曲がり出したのだ….

ゴルフについて, part2

  先週行われた全米オープンWyndham Clark選手がメジャー初勝利を飾った。今年のPGAツアーで優勝したくらいしか知らなかったのだが、解説で彼の大学時代のストーリーを聞いているうちにいつの間にか応援してしまっていた。おまけに、アイアンの一部がTitleistのT200シリーズ、ウェッジがVokey SM9 52度,56度を使用ということで奇しくも吾輩と同じクラブセッティングを使っているようだ。この事実を前にして、
「お、同じクラブを使っているぞ。これなら僕もPGA優勝できるんちゃうか。」と
ポジティブになりたいものだが吾輩のポジティビティはそこまで振り切れてはいない。

 前置きはそれくらいにして、つい先日吾輩もついにベストを更新した!!出来るだけ沢山の人にその話をして「あの難しいコースで?それもこの暑さの中?君は努力の人だと思っていたが、遂にやったな!心から誇りに思うよ。」くらいの賛辞を頂戴したいのだが、世間のゴルファーに対する目線は依然冷ややかなもので「あ、そう。すごいね。ところで昼飯、何食べる?」くらいが精いっぱいの言葉なのだ。え、スコアはいくつって?聞いてくれてありがとう、96でした。

初夏の西脇カントリークラブ。クラブハウスもお洒落でコースもきれい。


 この記事はゴルフについて、というタイトルをつけているのでゴルフ歴2年半の若輩者のゴルフとの向き合い方をお話ししたいと思う。吾輩は基本的に月に2回のレッスン、週2-3回の打ちっぱなし、月に平均2-3回のラウンドをルーティンとしている。
おい外科医のくせにそんなにゴルフばかりして大丈夫なのか?と思ったそこのあなたは大変鋭い洞察力をお持ちのようだ。吾輩の勤務先の上司でないことを祈る。仕事についての詳しいことは追々書いていく予定なのでもし興味のある方が居られたら乞うご期待。まあとにかく、吾輩の頭の中はゴルフでいっぱいなのだ。街中を歩いていても公園の綺麗な芝生を見ればアプローチの練習がしたくなるし、傘で素振りなんて勿論のこと、あのコンビニまで30YDくらいかなとか、慣れ親しんだメートル法にも別れを告げそうなのである。

 では、親父がかじりつくテレビ画面の向こう側だった緑色の世界が、思い焦がれるユートピアに変わったのは何故か。休日のNetflixが、ゴルフショップ巡りと打ちっぱなしに変わったのは何故か。「さ、もう一軒行くか」に「ごめん、明日ゴルフやから先帰るわ。」と答え始めたのは何故か。ゴルフが吾輩を惹きつけて止まない第一の理由は、ゴルフは究極の自己責任スポーツだからだ。自分が打った球は物理法則のみに支配され、他人が野球やサッカーみたいに相手にディフェンスされることはない。その代わり、甘い球を投げてくれたり、反則でポイントが入るということもない。良いプレーも悪いプレーもすべては自分次第。それが最高にしびれる。野球のゲームでサヨナラホームランを打っても、その勝利が100%自分の一打のお陰ということはないだろう?
一方でゴルフでベストスコアは、100%自分のプレーの賜物なのだ。第二に、ゴルフをすると生活がとても健康的になる。まずゴルフ場という場所が既に健康的だ。緑は心を癒してくれるし、丁度いいウォーキングになる。家でじっとしているよりはるかにカロリーを消費できるし、おまけに前日だって早く寝ることになるから規則正しい生活が送れる。健康のためにゴルフをしていますと言えば、何となく許されそうな気もする。
お財布には優しくないわけだが、健康とお金を天秤にかけちゃだめだよキミ。その他にも仲間が増えるだとかコミュニケーションのきっかけになるだとか色々あるが、眠たくなってきたので今日はこの辺にしておこう。